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・中国大陸を「優先」する日本

日本と台湾の,国家と国家の関係において,わたしが常に気になることは,日本人の多くが,台湾よりも,中国大陸との関係を重視することです。

日本の政府としては,台湾よりも,中国大陸との関係を重視したほうが,国益につながるという認識をもっていると,わたしは思います。また,仮にでも,わたしが日本政府の高官という立場であったとしても,わたしは台湾系ではありますが,中国大陸との関係を重視する判断をとっただろうと思います。あくまで,日本の国益という観点において,です。

中国大陸に住む,多くの人々の存在は,日本政府のみならず,日本企業にとっては,「お客様」の宝庫といっても,過言ではないでしょう。台湾という,九州やタスマニアとほぼ同じくらいの面積の島に住んでいる人々の存在よりも,約13.4億人という人口の存在のほうが,はるかに魅力的なのは,当然のことです。

高度経済成長期以降,日本は中国大陸との関係を重視しましたが,これは,日本政府の判断としては,妥当なものであったと,わたしは思います。中国大陸そのものが,巨大な市場なのであって,それは,非常に魅力的な存在です。(そして,それは,台湾にとっても,まったく同じことです。現在の台湾と中国の関係は,経済の関係といっても,過言ではありません。双方の関係は,双方の経済的な関係に,大きく影響されるようになりました。)

・「裏切られた」というイメージ

日本政府の,これまでの中国大陸との外交にかんする,さまざまな決断がもたらしたものは,台湾にたいする黙殺であり,台湾にたいする,ある種の侮辱的な行為であったと,わたしは受けとめています。台湾は,そして,台湾人は,日本人の「犠牲」になったのだと,わたしは考えています。

政府と政府の関係において,日本は台湾を「犠牲」にしましたが,そのような状況であっても,ごく一部によって,善良,かつ,良心的な人々(民間人)による日本と台湾の関係は,継続されています。これは,「不幸中の幸い」であると,わたしは思います。しかしながら,台湾に興味をもつ日本人は,そう多くはいません。さらには,ここ最近になって,東日本大震災にたいする台湾から日本への巨額の義捐金などの影響から,台湾にたいして関心をもつ人々がでてきましたが,そういった人々のなかには,中国や朝鮮半島との関係が悪化したこと<理由>に,台湾との関係に何かしらの「利益」を見出している人々が多いものですから,わたし自身は,そういった人々の存在は,ほんとうの意味において,台湾のためにならないし,日本のためにもならないと,考えています。

ひとりの台湾系日本人の立場から,「“にわか”台湾ファン」は,不要だと,わたしは思います。


・活きることは,「闘う」こと

わたしは,これまでの日本と台湾の関係,さらには,日本人の台湾にたいする「まなざし」を考慮してきました。さまざまな事情を考慮したとき,わたしが考えたことは,台湾系日本人として活きることは,マイノリティのなかのマイノリティとして活きることだ,ということでした。わたしは,少数派のなかの,さらに,少数派という立場で,日本社会のなかで活きなければならない,ということです。国際関係における台湾の立場というものは,発言力の強いものではありません。つねに,少数派の立場にありました。「弱い立場」という<現実>を受けとめたとき,わたしは,日本社会のなかで,あるいは,別の社会の場においても,<マイノリティ>として,常に最大限の努力をして,強く,「闘う」ように活きなければならない,ということの重要さを,理解するに至りました。

活きるということは,「闘う」ことでもあります。少なくても,わたし自身にとっては。多くの日本人にとっては,異質なものであると思いますが,マイノリティとして,日本社会のなかで<活きる>ことは,容易なことではありません。

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